忘れ去られていた旋律がようやく戻ってきた。今年7月、東京藝術大学のホール「奏楽堂」で開かれたコンサート。演奏されたのは、かつて大学で音楽を学び、戦争で命を落とした学生たちが残した作品だ。
この日が初めての演奏となった、草川宏さん(1940年入学)の「ピアノソナタ第1番」。宏さんの父親は、童謡「夕焼小焼」などで知られる、作曲家・草川信さん。同じ音楽の道に進もうとする父子を、戦争が容赦なく引き裂いていく。証言から浮かび上がる、父親の葛藤と宏さんの決意…。
そして、村野弘二さん(1942年入学)のオペラ「白狐」。コンサート実現のきっかけとなったのが、弘二さんが残した楽譜とレコードの発見だった。終戦6日後にフィリピンで自決した弘二さん。死の真相を追う親族の執念は、ついに最期の地に向かわせる。
すでに収集や展示が進められてきた戦没画学生の絵画作品に比べ、これまでほとんど手がつけられていなかった音楽作品。調査とアーカイブ化に向けた動きは始まったばかりだ。
若き作曲家たちを一人の兵士に変えた戦争から72年。忘れ去られていた旋律がなぞる、あの時代の記憶。
ディレクター:大野慎二郎(TBS報道局)